広尾の山種美術館で開催中の「上村松園と美人画の世界」を拝見してきました。伊東深水と並び、美しい女性画でとても好きな作家です。現代でも「芸術を以て人を済度する」という気概を持ち、その言葉に説得力を持って活動しているアーティストがいるでしょうか?
男性画家とは違った同性である女性への慈愛、情愛が伝わる優しく真摯な作品、18点が展示されているのですが全体としては青、緑が印象的。ただ橙、黄、赤と着物、帯、道具は多色な作品が多く色彩感覚が素晴らしい。重ねた着物のグラデーションなど、とてもロマンチックです。『春風』には紋黄蝶、『蛍』『新蛍』は蛍、『庭の雪』は雪、『牡丹雪』の大胆な構成など、最高の一瞬を捉えた描写に見惚れます。絵なので写真と違って操作できるのですが、きっと松園さんは実際の瞬間を描いているはず。耳や指先のほんのりした赤味の表現、眉のラインへの執着も素敵。『盆踊り』は小品で、唯一男性が描かれています。画題の通り軽みのある絵ですが、その開放的な感情表現が見事、空にさり気なく描かれた月も良い。『砧』は能の「砧」からの着想ですが、「わが心かよひて人に見ゆるならば、その夢を破るな破れてのちはこの衣、たれかきても問ふべき」と大きな喪失感と悲しみは感じますが、後に亡霊となって夫のもとに現れるような妄執は感じられません(この場面の後、今年の年末にも夫が帰ってこないと知らされるのではありますが)。『蛍』の蚊帳を釣る女性もあどけなさたっぷりで顔の表現も独特、蛍を見つけた時の驚歎が聞こえてくるようですが、この作品(砧)も唯一、艶のある美しさが強く感じられ、感嘆が聞こえてくるよう。
江戸の女性を多く描かれてきた方だけに髷への研究も凄い。「元禄勝山」は遊女の勝山が結い始めたのが起源で、元禄(1688-1704)には武家の若い奥方によく結われるようになったとか。「丸髷」は江戸から明治時代を通じて最も代表的な既婚女性の髪型で勝山髷を変形させたもの。よく聞かれる「島田髷」は未婚女性や花柳界の女性が多く結った最も一般的な髪型。結婚すると勝山髷になるんですね。島田の由来は諸説ありますが、一説には東海道五十三次の静岡県島田宿の女郎が由来だとか。島田髷から派生した「葵髱(あおいづと)」は公家の女性の髪型、別名を「つぶまげ(つぶいち)」とも。などなど数限りなし。歌舞伎など古典芸能で髪型についても理解できたら面白いでしょうね。
他にも様々な作家の女性画が展示されていますが、印象に残ったものもいくつか。片岡球子さんは、富士を描いても舞子を描いても武将を描いてもやっぱり片岡球子。良い味出してます。落ち着いた作品が多い中、球子さん同様異彩を放っていたのが森田曠平の屏風絵『投扇興』、遊びですが、誰も笑っておらず真剣(無表情)、実際の目の映像からは有りえない俯瞰の妖気匂う作品です。右側に1人、左側に2人の舞子が描かれるのですが、右側の女性の千鳥の帯、着物のうねる花模様、体、地面の扇、そして矢のように勢い良く伸びた手の左へ向かう方向性の一致による躍動が素晴らしい、写実的でない故に今にも動き出しそうな作品です。松岡映丘『斎宮の女御』、三十六歌仙で唯一の女性で皇族、歌と琴の才能に秀でた方、縦長の軸の上方に松の生える山、下方に琴を弾く斎宮の女御の構図、「琴の音に 峰の松風 かよふらし いづれのをより しらべそめけむ」の歌を連想させるという。彩色が素晴らしい、緑に塗られた山々に対して、人物は無彩色、かと思いきや口の紅のみ。色の対比が見事です。鏑木清方『佳日』は母と息子を描いた淡く優しい絵、82歳の作品を知り納得、ただひたすらに温かい眼差しを感じる作品でした。「久遠の女性」を描いたという村上華岳『裸婦図』の尊厳高い存在感も凄い。この絵を見て好色な気持ちを抱く方がいたらそれはそれで尊敬に値するかもしれません。日々の汚れた心が浄化されるよう。素晴らしい。
展示スペースとしては小さめで、駅から遠いしコスパは悪い気もしますが、混雑しておらずゆっくり見られるのは嬉しいです。上村松園、やっぱり好きです!
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