
東京芸術劇場プレイハウスで「Bunkamura Produce 2026 マルコス浄瑠璃『金閣寺』」を拝見しました。
演出・振付:マルコス・モラウ
出演:吉田玉助/中村壱太郎/末永光/尾上眞秀/マリア・アルナル/吉田蓑紫郎/吉田玉延/
アキーレ・デ・フルーヴェ/アダム・ラッセル=ジョーンズ エヴァン・ベスコン/
イグナシオ・フィソナ/シャケド・ヘラー/チョ・ジョンイク/ロレンツォ・チマレッリ
歌舞伎役者も女形の格好はしておらず、チラシで受ける印象とは違った内容でしたが、面白い!
所々に穴の空いた定式幕、舞台上には金閣寺が焼け落ちた跡と思われる灰が一面に敷き詰められている。浄瑠璃と名前は付いていますが、コンテンポラリーダンスがメインのようで、文楽人形はそこまで出番が無い。ダンサーの体の使い方や技量の高さに驚く。ダンサーの動きと衣装によって舞う灰も綺麗。歌はスペイン語で字幕が欲しいところですが、事前に床本は公開されており、後で振り返って歌詞が腑に落ちる部分が多い。義太夫と三味線はマイクで増幅されていますが、洋楽と三味線の調和も素晴らしい。途中、一般的な音楽のように語る部分も。
白粉を顔に塗りつけるところから始まる壱太郎さん、眞秀さんも同じ風貌で『金閣寺』の主人公、溝口の根本的な心を表しているのか。鑑賞後にアイドルだと知った末永光さんはダンスが上手、若い2人は純粋さ本能の象徴か。詰んだ積み木を何度も壊されるのも賽の河原の石積み、純粋性と純粋であるが故の罪を連想。第一幕は焼け落ちた金閣寺、そして溝口が「生きよう」と思う、そして思ってからの苦悩を感じる。
第二幕は舞台の中央、3mくらいの高さに長い蛍光灯のようなライトが吊り下げられ、これは心の中で膨らんだ美しい金閣寺の象徴で効果絶大。やや明るい雰囲気の群舞、粉ふるいで大きさを振り分けられる灰、スペイン歌謡の『緑の瞳』は熱い愛の歌、義太夫の詞章のいろは歌は、寺子屋の「いろは送り」、何かの死、葬儀を連想。和傘や扇を使った演出も楽しい。途中でライトが点滅し、消える流れも納得できる。最後は舞台上の黒い大道具をひっくり返すと金色がかっている、壱太郎さんの衣装もいつの間にやら金色に、悶えるようにも歓喜しているようにも見える激しいダンスも印象的。人でないものを演じさせたら凄い。文楽人形は通常の文楽では見られない衣装と動きも楽しく、狂言回しのような役割を感じた。
スタンディングオベーションがあったものの、抽象的な内容だけに色々と考え過ぎて頭から煙、立ち上がる力もなく、それだけに、とても新鮮で記憶に残りそう。「美しい花がある、花の美しさというものはない」という小林秀雄の言葉なんかも思い出したり、パラドックスと矛盾の魅力が感じられる舞台でした。

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