今回初めて知った演目『鑓の権三重帷子(やりのごんざかさねかたびら)』、近松門左衛門作、初演以降ほとんど再演されなかったものを昭和30年、野澤松之輔(西亭)が復活したもの。登場人物の心情的に分かりにく部分も多いです。人間関係も複雑なのですが、分かりやすいように相関図 (数字は数え年での年齢)。
物語の舞台は出雲、まずは「浜の宮馬場の段」から、題名ともなっている笹野権三は鑓の使い手、鑓の先が笹の葉に似ていることにかかっています。「武芸の誉れ世の人の口の蓮葉の玉の露零るるばかりのよい男」「油壺から出すような、しんとろとろりと見とれる男」という素敵な表現のような美男子。遠見の馬乗りの表現は小さい人形でなくパネルか。その後、顔だけ出てる馬が可愛い。お雪の乳母の詰め寄られ結婚を約束。この時、お雪からもらった、権三の家紋の丸に三つ引(引両紋)と菊の刺繍の入った帯が不幸を招くことに。
「浅香市之進留守宅の段」で、おさゐが登場。この話の主役は実はおさゐではないかと思っています。娘お菊の髪の手入れをする場面では女性らしい琴が床に並び演奏されます。お菊に権三との結婚を進めるものの「母が独り身ならば人手に渡す権三様ぢやないわいの」と夫に聞かせられない凄まじい言い様。37歳とは見えない美しさ、伴之丞に侍畜生とまで言う感情の激しいおさゐは、12歳年上の夫市之進に満足していないと想像されます。その後、権三が来訪し、真の台子の記載された巻物を見せて欲しいと言いますが、それは一子相伝、おさゐに娘お菊と婚約すれば親子になるので見られると提案され、承諾。この後、すぐにおさゐにお雪とも婚約しているのがバレます!この辺の権三の思考回路が謎、場当たり的なのは若い故か。おそらくモテモテの美男子権三は遊びたい盛り、誰とも結婚する気なんてないのではないでしょうか。そして『鳴響安宅新関』を見た時には格好良かった三味線の鶴澤藤蔵さんの「ンッ」などのうなる声が、滅茶気になりました。。。
続いて見所の1つである「数寄屋の段」、語りは人間国宝の豊竹咲大夫さんの予定でしたが、体調不良に付きお休み、織太夫さん連語!清潔感のある明瞭なお声が素敵です。伴之丞とお伴の浪介が数寄屋に忍び込む場面、剣菱の酒樽を茨垣に突っ込んで侵入、人形の匍匐前進もお見事。障子に影となって写る権三とおさゐ、伝授の巻物を見せているだけなのですが、しっぽりとした風情、キスしているようにしか見えません。お雪にもらった帯をしてくる権三もデリカシー無さ過ぎですが、案の定そのことで取っ組み合いの喧嘩に。「一念の蛇となって腰に巻き付き離れる」と自分の帯を権三に渡すおさゐの妄執。庭の蛙も鳴き止むはずです。伴之丞に2人の帯を奪われ姦通の証拠に(伴之丞もおさゐの寝屋に忍んで口説き落とそうとしてたのだが‥‥)。そして逃げ遅れて容易に殺される浪介、可哀想です!切腹しようとする権三をおさゐが、夫の市之進に妻敵討ちされてくれと止め、「鉄の熱湯が喉を通る苦しみより苦患」と言いながらも、おさゐの事を「女房」と呼び、夫婦成立即逃亡。若く軽はずみな権三と感情的で欲深なおさゐの負のスパイラル。ある意味、おさゐの、権三と夫婦になるという願望が叶ったとも言えます。恐ろしい。
この妻敵打ちは、元は武家法に由来する密懐法(びっかいほう)に基づくもの。1479年にあった実際の判例では、本夫が姦通を理由に先に妻を殺害してしまえばその原因を作った姦夫は妻敵になるのであるから、本夫が妻敵討を行っても殺人罪とはならず無罪。姦夫だけ討てば殺人罪になる可能性があるということ。当時は不倫も命がけなんですね。
本来であればここから下之巻「権三おさゐ道行」となり、親子の別れや、おさゐの弟の甚平が伴之丞の首を取ったり、色々あるのですが、ざっくりカット。虎次郎が市之進の助太刀を願い出るのはとても良い場面なのですが。「伏見京橋妻敵討の段」も原本よりかなり短くなっており、内容も少し異なります。今回は最初と最後の段のみ出遣い、明るい盆踊りの場面の後、やっと吉田和生さんが登場!和生さんの使うおさゐはやっぱり素敵、三輪太夫さんの高いお声もぴったり合っており素晴らしかった。最後の妻敵打ちの場面、おさゐはあっさり市之進に討たれますが、権三強いです。市之進に再会した時、「旦那様お懐うございます」と言ってのけるおさゐは若い権三とも結ばれ、3人の子供は少し気になるものの、もはや悔いなしと思われますが、「浮名の過去の業、浅ましさよ」と権三は反省の強い分、無念か。2人相手でも勝てそうでしたが、最後は自らの刀を放り投げ、その刀で市之進に討たれます。京橋の上では賑やかな盆踊り、その下で折り重なって死んだ2人の対比が悲しみを増幅させます。言いようのない、苦々しい後味を残しての幕。これぞ文楽。数秒間拍手もできませんでした。原本では、権三が討たれた後、おさゐが討たれるのですが、此方のフルバージョンもいつか拝見してみたいですね。
あまり楽しい話ではないですが、文楽らしい話ではあり、第一部よりも楽しめました。第三部は歌舞伎でもお馴染みの『絵本太功記』、大変期待しています!
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