『レイラの最後の10分38秒』エリフ・シャファク著 早川書房

『レイラの最後の10分38秒』エリフ・シャファク著 早川書房
日経新聞の書評覧に掲載されており、題名に惹かれて即購入した作品『レイラの最後の10分38秒(原題:10 minutes 38 seconds in This Strange World)』でしたが、直感に違わず素晴らしい作品!今年拝読した小説の中では高樹のぶ子さんの『小説伊勢物語 業平』と並ぶ印象的な内容でした。

物語は「心・体・魂」の3章による構成、主人公のテキーラ・レイラは、いきなりゴミ箱に捨てられた屍体の状態という衝撃的なはじまり。著者の執筆の着想は、2018年10月、カナダのウェストオンタリオ大学の医師チームが、臨床的に死亡が診断された後も10分38秒間、眠っている時と同じ脳波を出しているのを確認したニュースによるという。

第1章の「心」では死んだ後(心停止後)に脳で思い出されるレイラ自身の回想、レイラの子供時代や、五人の友人ノスタルジア・ナラン、サボタージュ・シナン、ヒュメイラ、ザイナブ122、ジャメーラ、猫のミスター・チャップリン、そして最愛の人、ディー・アリのバックボーンが描写されます。メインの登場人物は全員何らかの大きな問題をかかえており、辛い状況。レイラももちろんそうなのですが、意志が強く、他人に対する優しさや前向きさが際立つ素敵な人物。宗教、政治・権力闘争、家族、一夫多妻制、ジェンダー、貧困、犯罪、強姦、売春などトルコが抱える問題もリアルに描かれる。やはりトルコなど状況が複雑な国の持つ力は、良くも悪くも凄く、様々な制約があるからこそ迫真を持って如実に描かれる。マイノリティーや移民に対して滅茶苦茶に厳しいトルコだからこそ生まれた物語とも言えます。ディー・アリの「”自由”が一種の食べ物だとしたら、その舌ざわりはどんな感じだと思うか、”祖国”についてはどうか」なんて質問は日本人には絶対に浮かばない。

第2章の「体」は5人の友人によるスリルたっぷりの救出劇、5人全員の個性がしっかりと立っているのが良い。その中でもトランスジェンダーのナランが好き。顔や胸は手術でどうにでもなるが手だけはどうしようもない。嫌で仕様が無かった男らしい(女らしくない)手を肯定する場面がとても良い。そして第3章の「魂」、とても短いですがファンタジー的、この流れが抜群。最後の開放的で希望のある終わり方、無惨に殺された主人公レイラ、死んだ後も生きて、ずっと望んでいた愛と自由を手に入れたことに対して心から良かったと思えます。作者が意図している事とは思いますが、感情の起伏がとても良いんだな。読んでいる最中に泣いてしまう小説はよくありますが、読んだ後に泣ける小説は多くありません。伊豆に向かう特急「踊り子7号7号車」にて、余韻をたっぷり感じることのできる素晴らしい読書時間を過ごさせていただきました。

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