能の来た道、日本のゆく道 巻六『祝言之式 高砂』観世能楽堂


楽しみにしていた高砂。まずは大好きな小鼓方の大倉源次郎さん司会によるワークショップ。観世流シテ方の坂口貴信さんと一緒にあの譜を皆で連吟。

高砂や この浦舟に帆をあげて この浦舟に帆をあげて 月もろともに出汐の 波の淡路の島影や 遠く鳴尾の沖過ぎて はや住の江に着きにけり はや住の江に着きにけり

「あぁ」や「お」とか母音が入ってくる後半が難しいんですね。楽しかった!

続いて囃子方の皆様によるお道具(敬意を払い楽器とは言わないそう)の説明。竹製の能管の音は人の声に近づけてあるということ、小鼓は湿、大鼓は乾で公演前には炭火で焙じて乾燥させる、現在は指皮を付けるが昔は馬皮が柔らかかったため付けなかった、太鼓は牛皮で中央部のみ鹿皮、太鼓の起源を予想するともともとは死者への弔い、神への祈りのために用いられたため、能楽でもそういう演目でしか登場しない(全演目の55%)とか興味深いお話でした。

早笛、「船弁慶」の「波頭」、「葵上」「黒塚」などで奏される「祈り」をご披露いただきました。「祈り」ではリードするのは太鼓、能管がわざとリズムを外して演奏するはやはりシテが舞うための目印となっているからでしょうか。高砂に「言の葉草の露の玉。心を磨く種となりて」と記されているのですが、台詞で表現できない言を囃子方が語るというお話、囃子の起源は田植えにあるというお話も素敵でした。

休憩挟んで肝心の高砂ですが、通常初番目で最初に上演されるのですが、今回は五番目物に続いて最後に上演されていたとう半能形式。老夫婦は出てこず、先ほど皆で連吟した待謡(まちうたい)から住吉明神登場。20分ほどと短いです。囃子の皆様が奮っており、鮮やかで勇壮な舞は素敵でしたが、やはり振りが無いと最後の部分の印象も弱くなるものですね。

百人一首にも採られている藤原興風の「誰をかも 知る人にせん 高砂の 松も昔の ともならなくに」に対応する伊勢物語の「われ見ても 久しくなりぬ 住の江の 岸の姫松 いく代経ぬらむ」の歌が美しい。紀貫之も歌の心は永遠みたいなことを言っていたっけ。「千秋楽は民を撫で、萬歳楽には命を延ぶ、相生の松風、颯々の声ぞ楽しむ、颯々の声ぞ楽しむ」、お手本しにしたい相生(老)の松、感謝です。

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