国立劇場小劇場で開催中の令和2年2月文楽公演、第一部『菅原伝授手習鑑』を拝見しました。菅伝月となっている2月において、最初の『菅原伝授手習鑑』です。2017年5月の国立劇場の第199回文楽公演で「茶筅酒の段」から「桜丸切腹の段」を見ているのですが、文楽ビギナー時代のため全く覚えておりません。。。事前に床本も読み準備はばっちり、とても新鮮な気持ちで拝見しました。
配役表
まずは「吉田社頭車曳の段」から。まずは浅葱幕をバックに深編笠の桜丸と梅王丸の出、菅丞相が流罪になり拠り所が亡くなった身を嘆きます。浅葱幕が落とされ、雑色の「杉王丸」登場。床本には役名とか全く記載されていないので、こんな人がいるのは知りませんでしたが、歌舞伎からの逆輸入で、松王丸をより大きく見せるための役割だそうです。杉王丸、目がクリクリしていてチャーミングです。松王丸が「待てらう待てらう」と同時に、豊竹芳穂太夫自身も登場するのは面白い趣向。牛車が藤原時平の超常の力でぶち壊されて、繋がれていた可愛い牛は逃亡、「牛扶持喰らう青蝿めら、轍にかけて轢き殺せ」というとんでもない台詞で登場。着用している帝の装束「金冠白衣」は初段で斉世親王から分捕ったもの。見せ場はその威勢によって二人を蹂躙した後の「命冥加なうづ虫めら」からの高笑い、怖過ぎる。終わったかと思ったら、また笑いの繰り返し、体感5分。狂気です。こんな奴いたら絶対に100m以内に近寄りません。そして目をひん剥きながらスッと去っていくのが、また怖い。物語を通して時平はそんな登場しないですがインパクトは十二分。この段のみ役別で太夫が語りますが、それぞれお声がお役にぴったりでした。
場が変わって「佐太村茶筅酒の段」は、三兄弟の妻が登場し、賑やかなムード。かしましい料理の場面は鉄板で楽しい。擂鉢を使うのも、大根(本物)を切るのも苦手な桜丸の女房八重のちゃっきり娘な様子が可愛いです。やっぱり桐竹勘十郎さんの人形使いは、ちょっとした首や手の動かし方とかリアルで凄い!父四郎九郎改め白太夫の「生ぬるこい桜丸、理屈めいた梅王、見るからに根性の悪そうな松王」という表現も辛辣。松王丸のことを言われた時の女房千代のいたたまれない表情。ちなみに裏の氏神を参るために用意していた十二銅は、1年の月数の12文のお賽銭のことだそう。続く梅王と松王が喧嘩して桜の木が折れてしまう「喧嘩の段」、米俵を使った演出は「双蝶々曲輪日記(ふたつちょうちょうくるわにっき)」からの着想だそう(初演時期はほぼ同じ)。二人の希望を白太夫に嘆願する「訴訟の段」があり、最後の「桜丸切腹の段」へ。
桜丸が吉田簑助さん、八重が桐竹勘十郎さん、白太夫が吉田和生さん、語りが竹本千歳太夫さんって布陣がやば過ぎる。あっ、桜丸が出てきた時点で泣きそう。絶対泣く。氏神での梅松桜の3本の扇を使った御籤の命乞いも虚しく、帰って来れば折れた桜でもう術無し。「泣くない」「アイ」「泣きやんない」「アイアイ」の繰り返しに胸詰まり感極まった。舞台も客席も皆泣いてる決壊滂沱。介錯が刀でなく「願ひ込んだる鉦撞木」というのも菅伝っぽくて素晴らしく、去ったはずの梅王と女房春がそっと戻り、同じ日に生まれた弟を拝む姿もグッとくる。白太夫の「なまいだなまいだ・・・」の連絶唱でたたみかけ、ついに「喉(ふえ)のくさりをはね切って、かっぱと伏して、息絶えたり」。そして白太夫は桜丸の後ことを梅王に任せ、筑紫へ旅立ちます。放心。連続して見た第二部に後を引いてしまいましたよ。
情感たっぷりの千歳太夫さん、悠々とした和生さん、不動の簑助さん、そして勘十郎さんの女方、台詞が無い時でもずっと魂が籠ってる感じがするのです。皆様本当素晴らしい。悲劇は見ていて疲れますが、圧倒的カタルシスを感じられるのは文楽の醍醐味でしょう。素晴らしい舞台でした!歌舞伎、素浄瑠璃の『菅原伝授手習鑑』も大変楽しみです!
※先日、山種美術館の「上村松園と美人画の世界」展で異彩を放っていた森田曠平さんの作品、国立劇場小劇場にも展示してありました。『ひらかな盛衰記』の中の「笹引き」を描いたもの。この方の作品、文楽との相性滅茶苦茶良い!舞台外でもちょっとした感動がありました。ありがとうございます。
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