三月大歌舞伎 第三部Bプロ『楼門五三桐』『雪』『鐘ヶ岬』歌舞伎座

三月大歌舞伎 第三部Bプロ『楼門五三桐』『雪』『鐘ヶ岬』歌舞伎座
「三月大歌舞伎」第三部を拝見しました。15分、14分、17分と細切れ、合計でも47分と短い!まずは『楼門五三桐』から。あまりにも有名な演目で、見たような気になっていましたが、歌舞伎座での上演は2016年の「團菊祭五月大歌舞伎」以来か。初見でした!

配役
石川五右衛門:中村吉右衛門(播磨屋)
右忠太:中村歌昇(播磨屋)
左忠太:中村種之助(播磨屋)
真柴久吉:松本幸四郎(高麗屋)

大薩摩の独唱から始まるのですが、詞章が全く聞こえず。。。浅葱幕が落ち、名台詞。ゆったりとした高音で、凄みを効かすことはなく、大らかな表情と台詞回し。久吉の登場は2分もないが、やはり幸四郎さんクラスの俳優が出ないと締りません。1月の休演もありましたし、吉右衛門さんは、もしかしたら動くのもお辛いのかも。豪華な舞台と衣装、なにより吉右衛門さんのお姿を拝見できたことが嬉しい一幕でした。

続いては久しぶりの坂東玉三郎さんの舞踏、上『雪』下『鐘ヶ岬』

配役
『雪』芸妓/『鐘ヶ岬』清姫:坂東玉三郎(大和屋)

緞帳が上がると白と桃色の衣装の後ろ向きの玉三郎さん、『雪』『鐘ヶ岬』共に、三絃と地唄、箏による演奏も素晴らしかったですね。

花も雪も 払へば清き袂かな ほんに昔のむかしのことよ わが待つ人も我を待ちけん 鴛鴦の雄鳥にもの思ひ 羽の凍る衾に鳴く音もさぞな さなきだに心も遠き夜半の鐘 聞くも淋しきひとり寝の 枕に響く霰の音も もしやといつそせきかねて 落つる涙のつららより つらき命は惜しからねども 恋しき人は罪深く 思はぬことのかなしさに 捨てた憂き 捨てた憂き世の山葛

男の捨てられた芸妓が、雪夜に浮世を思い出すという内容だが、根本は大阪の盲人音楽家、峰崎勾当が作曲した地歌で、ソセキという出家した女性が、若い頃芸妓であった頃の恋を思い出していると知ると深みが増します。動きがあまり無い、傘を使った舞、寂しげに、しっとりと。「聞くも淋しき」から少しテンポが変わるのか。傘をフワッと落としたり、山に見立てたり、感情や詞の内容をじんわりと表現しています。動きが少ない分、広い舞台で、それも1人で視線の空隙を埋めなければならないため、非常に難しい舞踏かと感じましたが、終わってしまうのが名残惜しい、あっという間の15分でした。

10分間の小休憩を挟んで『鐘ヶ岬』、「安珍清姫伝説」「道成寺」後日譚として成立した「道成寺もの」の代表作だそう。上手上方に鐘が吊るされています。

鐘に怨みは数々ござる 初夜の鐘をつく時は 諸行無常とひびくなり 後夜の鐘をつく時は 是生滅法とひびくなり 晨朝の響きには生滅々為 入相は寂滅為楽とひびけども 聞いて驚く人も無し われは五障の雲晴れて 真如の月を眺め明かさん
言はず語らず我が心 乱れし髪の乱るるも つれないは只移り気な どうでも男は悪性な 桜々とうたはれて 言うて袂のわけ二つ 勤めさへただうかうかと どうでも女子は悪性な 吾妻そだちは蓮葉なものじゃえ

恋のわけ里数へ数へりゃ 武士も道具を伏編笠で 張りと意気地の吉原 花の都は歌で和らぐ敷島原に 勤めする身は誰と伏見の墨染 煩悩菩提の撞木町より 浪花四筋に通ひ木辻の禿立ちから 室の早咲きそれがほんの色ぢゃ 一い二う三い四 夜露雪の日下の関路を ともにこの身を馴染みかさねて 中は円山ただまるかれと 思い染めたが縁じゃえ

お能の『道成寺』を見ていると、後日譚というのは心にずっしりと感じるものが。「五障の雲晴れて」という詞章から、清姫が成仏したことが知れて安心いたしました。その後からは廓の描写に変わり、清姫の執念は感じつつも、ほっとする舞に変わります。引抜きで衣装が変わりますが、後見が男前な方で、なんだかエロティックな雰囲気。裾に炎こそあしらわれていますが、後半は手で鞠を表現し、少女のようにも見える可愛らしさ。本当に人間ですか?舞台の桜はやっぱり円山公園のものなんですね。玉三郎さんの血が通ったようにも思える扇の使い方は本当に素晴らしく、瞳孔開きっ放し。最後のカーテンコールは必要ないとも感じましたが、時間も短い第三部、季節感もぴったりで充実感が凄かった。来月の「四月大歌舞伎」も楽しみにしています。

※次の日、中村吉右衛門さんが、ホテルのレストランで倒れ、病院に救急搬送されたというニュースが。。。回復して、また舞台でお姿を拝見できることを心より、心よりお祈りいたします。

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