9月定例公演 狂言『吹取』能『蝉丸』国立能楽堂

9月定例公演 狂言『吹取』能『蟬丸』国立能楽堂

狂言『吹取 (ふきとり)』山本則孝(大蔵流)
《月夜に五条大橋で笛を吹くと妻を授かるという観音様のお告げを得た男は、笛が吹けないので代わりに知り合いに吹いてもらいますが・・・》
上がチラシの説明そのまま。これだけ見ると結局若い女(乙 おと)が笛を吹いた男に付いていってしまう落ちかなと思ったのですが、予想を裏切られて大いに笑わせていただきました。

笛も吹けて歌を愛する風流男何某「泰太郎(実際演者の名前で呼ぶのも面白い)」と妻が欲しいばかりの無風流男の対比が際立ちます。舞台は清水寺近くの五条大橋で、素晴らしい月夜。男のために笛を吹きつつも、美しい月を見て古歌を詠んでしまう泰太郎に「早く笛を吹け」とせかす男。やっと乙が出てきた際の男の「出ました出ました」は月との比較で笑えました。ウブなため、なかなか乙に声を掛けられない男、恥ずかしさをごまかすために笑うのですが、あの独特な狂言笑いでなく普通に笑うのは初めて見たかも。全て3回目で、話が進む繰り返しも興味深い。乙の被衣(外出時に頭から被る布)を無理やり引っぺがすとお多福面。それを見て泰太郎に乙を押し付ける酷い男ですが、乙もただでは終わらない強い女なのが楽しい。はたして男には観音様の天罰が下るのでしょうか?

能『蝉丸 (せみまる)』野村四郎/大槻文藏(観世流)
蝉丸といえば、百人一首にも採用されている「これやこの行くも帰るもわかれては知るも知らぬも逢坂の関」で有名な生没年不詳、人物像不詳という謎めいた人物です。いろんな説がありますが、能では延喜帝(醍醐天皇)の第四皇子で盲目の琵琶の名手。地謡に梅若実さんの名前があったのに、最初に出てこられず心配しましたが、時間差で登場され安心しました。体調は万全ではなさそうですが。。。来週の『卒塔婆小町』、見には行けませんが応援しています!

蝉丸は大槻文蔵さん、儚げな面、衣装も肩を落として哀れな様子がよく出ていました。盲目の面ですが、演者からはよく見えているそうです。シテの逆髪を演じるのは野村四郎さん(狂言師野村万作さんの弟)、延喜帝の第三御子、逆さまに生い立つ緑の髪を持って生まれたため狂女となり彷徨う身の上です。

高貴な身分に生まれながら悲運な二人の出会いと別れがメインですが、個人的には前半の蝉丸の悲哀が心に刺さりました。お伴の清貫は逢坂山に捨て置けと命令した延喜帝に反感を覚えますが、蝉丸は「私の過去の罪障をすすぐための親の慈悲である」と清貫をたしなめる優し過ぎる人。清貫と別れ一人となり、臥し転び泣く場面がとても辛い。

その後「逆髪」登場、狂女を表す狂い笹を持ち、ずっと小刻みに震えているのが怖い。舞台では髪は逆立っておらず、顔の左右に長いお下げを垂らしている状態。逆髪という名前にかけて、自分を笑う子供と自分の身分、後に咲き誇る花の種、水に影を写す月と順逆を示す台詞は気が効いている。狂乱を表す短い舞「カケリ」、京から逢坂山に向かう道中、水鏡に自分の姿を映して驚く場面など動きも多く見逃せません。この部分は狂女を表現するためか囃子も変調して面白かったです。大鼓は亀井広忠さん、小鼓は大倉源次郎さんでしたが、大鼓が奮っていて格好良い。

奇跡的に再会した心が清い兄弟、昔と今の境遇の違いを嘆きますが、最後には別れる二人。逆髪は自分の意思で会いに行けますが、盲目の蝉丸はどこにも行けず、何度も何度も藁屋に置いていかれる哀しみのリフレイン。逢坂の掛詞、実際に演奏されませんが悲しげな琵琶の音色、「宮も藁屋も果てしなければ」の諸行無常。90分超とやや長い演目でしたが、全く飽きることなく楽しめ、染み染みと、しっとりとした余韻を残す素晴らしい演目でした。

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