国立劇場 小劇場で開催された「文楽素浄瑠璃の会 11時30分の部」にお伺いしました。素浄瑠璃は今年2月の女流義太夫演奏会が初めての体験、初めての男性義太夫による公演で、とても楽しみにしていました。
一題目は『菅原伝授手習鑑 寺子屋の段』、義太夫:竹本織太夫さん、三味線:鶴澤清友さんのコンビです。舞台左に義太夫、右に三味線、ソーシャルディスタンスもばっちりです。舞台上手下手に字幕表示がありましたが、意識がぶれるので必要ないのですは。文楽人形が無いと、特に三味線に集中できて面白い。バンドで言えば三味線はベースのようなものと思っています。通常あまり意識していませんが、登場人物の感情や動きに合わせた完璧なリズム、義太夫同様、三味線も物語っていることがよくわかります。
『菅原伝授手習鑑』は文楽、歌舞伎で近年頻繁に上演されており、なんども見ている演目ですので、目を閉じれば情景が浮かぶ。弟子達が親に連れられ帰っていく「十五歳の涎くり」の場面ではしっかり笑わせてくれます。力強い織太夫さんの語りは梅王丸にぴったり、首実検の場面から梅王丸の気持ちを考えると痛くて苦しい、それから松王女房の千代の嘆きと畳み掛け、菅秀才の身代わりとなった小太郎の死様、「にっこりと笑うて」の後の梅王丸の長い、長い笑いはもう涙腺が保てませんでした。最後はしっとりとした「いろは送り」で幕。とても切ないですが、素晴らしい一幕でした。
二題目は『仮名手本忠臣蔵 勘平腹切の段』、義太夫:豊竹咲太夫さん、三味線:鶴澤燕三さんのお馴染みのコンビです。人間国宝の咲太夫さん、9月の文楽公演は体調不良で休演されており心配でしたが、お元気そうで何よりです。忠臣蔵のこの段は、歌舞伎、文楽ともに未見。ただ床本は読んでいたのと、歌舞伎の名場面を集めたCDでは拝聴していますので、予習はばっちり。これも先ほどとは違う意味で大変に苦痛を伴う演目です。
重心の低い位置からバシバシ鳴り響いてくる燕三さんの凛々しい三味線と唸りに対し、それほど声を大きく出している訳ではないのに耳に素直に入ってくる咲太夫さんの語りは、やはり名人芸と感じます。腹十文字に掻き切り、臓腑を掴んでしっかりと「血判」を押す勘平、もの凄い描写、リアルにお腹が痛くなる。勘平も辛いが、勘平の女房おかるの母「婆」も辛い。ちなみに「いすかの嘴(はし)の食違い」という表現は昔からあったそう、イスカはオレンジ色の綺麗な渡り鳥です。婆は夫与市兵衛を殺された怒りで勘平を罵りますが、後に勘平が無実で、夫の仇まで討っていたと知った時の衝撃、夫と婿は死に、娘とは生き別れた婆の悲哀が痛い。「見送る涙見返る涙、涙の浪の立ち帰る」とは素晴らしい表現です。大阪では昨年数公演に渡って『仮名手本忠臣蔵』を通しで上演していましたが、東京でもやってくれませんかね。
文楽は、今日の2演目は特にそうでしたが、心や体が痛くなり、聞いている時は力が入り疲労感もあるのですが、そのカタルシス、余韻は他の芸能では味わえない感覚です。舞台上の2人に感覚を委ねるうち、あっという間に終わってしまった素晴らしき素浄瑠璃の会でした。12月の文楽公演も楽しみにしています。
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