『秋立ちぬ(1960年 監督:成瀬巳喜男)』神保町シアター

神保町シアターの特集企画「没後50年 成瀬巳喜男の世界」で『秋立ちぬ』を拝見しました。舞台が銀座周辺ということで興味津々。物語の始まりも銀座4丁目交差点「銀座和光」から。

信州上田に住んでいたのですが夫に先立たれ、東京に戻ってきた乙羽信子さん演じる「深谷茂子」の息子「秀夫(6年生)」と、三原橋にある旅館三島の女将「三島直代」の娘「順子(4年生)」の子供2人が主役。旅館三島に住み込みで働く秀夫の母は物語早々、真珠商の客「富岡」と駆け落ち。まさかこんなに早く話が展開するとは。しかしこの時35歳の乙羽信子さんの疲れた妖しげな色気に悶絶です。カブト虫の「リキ」が心の支え、秀夫君が捻くれるのも納得。茂子の兄が営む八百屋「八百常」に引き取られていますが、次女役を演じた原知佐子さんの奔放なチャーミングさに救われます(見ている方が)。

秀夫は銭湯に行き「・・・ズラ」という方言を馬鹿にされ喧嘩になりますが、やられたらやり返す強い子供です。おちんちん丸出しで子供たちが喧嘩する映像にほのぼの。女湯の奥さんの「うるさいわね子供っ!!」という怒鳴り方も素敵。三原橋にある旅館三島の女将役は藤間紫さん、大阪のお金持ちの男性の妾で旅館も買ってもらったものなのですが、普通のシーンで醸すアンニュイで妖艶なムードが堪りません。乙羽信子さん、藤間紫さんの描写は成瀬監督の真骨頂か。

ストーリーだけでなく、当時の映像も魅力。銀座の街並みや走る車も格好良く、八百常の三輪の配達車も可愛い。松坂屋の屋上遊園から見える東京湾や東京タワー、ちらっと出てくる勝鬨橋や全く開発されてない埋め立て後の晴海埠頭などを見ているだけでもワクワクします。そして、モノトーン映像ではわかりませんが、秀夫の「海が黄色っぽい」「川の匂いで食欲がなくなる」という言葉は公害のことを考えさせられます。

多摩川にカブト虫を探しに行くシーン(多摩川で皆んな普通に泳いでいる!)や八百常のすぐビールを欲しがる親父や「(タクシー代を)家につけといて」とか「中年の女って恐いんですってね」とか宣うおませな順子ちゃんなど、ところどころに笑いが散りばめられていますが、2人の子供が大人の事情による勝手な行動に翻弄される全体的には悲しい話。秀夫と順子が、晴海の線路を手を繋ぎながら歩くシーンは名シーンだと思います。ちなみに2人が夜になっても帰って来ず、心配した大人たちが言う「雅樹ちゃん誘拐殺人事件」とは、1960年に東京都世田谷区で発生した男児誘拐殺人事件らしい。

夏休みの宿題のためにカブト虫が必要な順子のために、夏休み最後の公休に兄とカブト虫を取りにいく約束をするも、兄は女友達と海へ遊びに行ってしまう。ただ長野から遅れてきたリンゴの中にカブト虫を発見!希望が見えてきたのもつかの間、順子の家に行くと既に引っ越しした後でした。。。松坂屋の屋上でカブト虫を寂しげに弄ぶ秀夫のラストシーンに『秋立ちぬ』という題名がぴったり寄り添います。寂しさを含む秋はどうしたってやって来る。子供は夏休みがあるから夏が好きかもしれませんが、大人になったら秋の素晴らしさもわかるはず。秀夫君、色々辛いでしょうが、真っ直ぐ育って欲しいものです。

子供が主役ということもあり、成瀬監督っぽくない感じがするものの、情景描写や台詞の感じはやっぱり成瀬監督。今、映像でしっかり個性の出せる監督って減ってきていますよね。79分と短い時間も手頃で、しっかりと心に残る映画でした。

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